○蛇籠屋敷 1階 鱗紋の表紙の本を、ぱらぱらと捲る桜井。 「何これ、ほぼ真っ白じゃない」と皆に見せる。 やがて、本を捲る桜井の手は止まる。 そこには、「黒の書 290頁」という走り書きとともに、 外国語の単語がいくつか、意味を添えて書き留められている。 それはどうやら、ドイツ語の書き取りのようだ。 東雲の持ち物か、とヴィンツは考えたが、筆跡が異なる。本自体も、ずいぶん古いものだ。 「シノノメさんの単語帳…ってわけでもなさそうだな…なんだこれ?」 柊夜は、本を見て微かに顔を顰める。 「見覚えでもあるのかい?」 「………知るかよ。」  一同は、二手に分かれ、探索の効率化を図ることを決めた。 しかし、片喰と柊夜を分断してしまって良いものだろうか。 「しゅーちゃんしゅーちゃん。もしもばみっちと別行動するって提案したら・・・どうする?」 「ばみっちって誰だよ……どっか行くなら別についてっても俺はいいけど。片喰はどうする?」 と話しかけながら、柊夜は片喰を振り返り、目を瞠る。 「――――……、陣?」 そこには、さっきまでいたはずの片喰陣がいないからだ。 「陣!?陣ッおいっ、陣!!!陣!!!!!  おいどこいったんだよ返事しろクソボケ!!陣!!陣!!!陣!!!!」 「バカ落ち着け! これ以上わけわからないことを起こすな!」 「ふざけッ、だってっ、陣っ、陣がっ、陣がっ!!!」  混乱している柊夜は、肩を掴むヴィンツの腕を振り払う。 「おいふざけんなよ、どこ行ったんだよ、陣どこに、陣が、陣が…っ」 狼狽しきったのだろうか。柊夜は、力なくその場でへたりこむ。 ヴィンツは、柊夜の前に膝をついた。彼と目線を合わせるように。 そして、柊夜を抱きしめ、背中を優しく、ぽんぽんと叩く。 「……ッ……う、あ……?」 柊夜は、抵抗せずに、ヴィンツを見上げている。何をされているのか理解できていないらしい。 「よーし、落ち着け落ち着け」 「落ち……落ち着く……?」 「そーだ。落ち着かないと探せるものも探せない。見つかる人も見つからない。落ち着け、冷静になれ」 「そう……そうか……おちつかないと……陣がみつからない……」 すーー……はーーーー、と深く息を吐いた。僅かながら、柊夜は落ち着きを取り戻す。 「そ。落ち着いて。みんなで探そう。  俺たちだってカタバミさんとシノノメさん見つけないといけないんだから」 「…………悪い。ちょっと、落ち着く。  探さねぇと……早く、すぐに早く片喰を探さねぇと……」と柊夜は呟き、繰り返す。。 「ん。よし」ヴィンツは、ビーフジャーキーを差しだした。「食っとけ。気が参ってるときには食べるのがいちばんだ」 「いい。食う時間が勿体ない。」 「食べながらでも探せるわ」ジャーキーを柊夜の口に突っ込むヴィンツ。 「ッ、るせぇな、ごちゃごちゃする暇があったら早く探さなきゃなんねぇんだよッ!!!」 ヴィンツを突き飛ばし、柊夜はビーフジャーキーを吐きだした。 そして鬼気迫った形相で怒鳴る。探索者達の背筋が冷えるほどに。 ヴィンツは、あくまで冷静に起き上がる。 「だから。そんなんじゃ探せないって言ってるの。  落ち着いて。みんなで。協力して。ひとりじゃ無理だ」 「だったら!!!だったらこんな余計な真似しなくていいから!!!  片喰を探すことに協力してくれよ!!!一刻も早く探し出さないと、探し出さないとッ……俺はッ……!!!」 目元をくしゃりと歪めた柊夜の頭を、ヴィンツはぽふりと撫でる。 「…いいだろう。協力だ」 「・・・・・・おっけーかな?しゅーちゃんの言うとおり時間がないから、早く行こー!」 レイネスが笑顔で割り込む。柊夜は、手を払いはせず、静かに呟く。 「……ああ。そうだ、それでいい…。」 「くれぐれも俺たちに殴りかかるんじゃないぞ?」 ヴィンツは、掌に触れる柊夜の体温が、異常に低いことに気付く。 「……随分冷えてるな。ちゃんと食ってないんじゃないか?」 柊夜は目を瞠る。そして無言で伏せ、問いかけには答えない。 ヴィンツも、それ以上は詮索しなかった。 「じゃあ私と染さんで向こう見に行こう。この奥(食室)お願いしていい?」 桜井は、ドイツ語の書き取りを写真に撮り、手記自体はレイネスに手渡す。 「ありがとー。ほいで、いえっさー!」 「これあったほうがドイツ語読めるでしょ。さ、行きましょうか染さん!」 桜井と春日井が向かった部屋は、小ざっぱりとした、男性の住まいのようだ。 本棚、ベッド、机。家具はその程度しか置かれていない。 「お邪魔しまーす・・・」 「さてと、何とかしないとね…」 桜井は、机を調べている途中、抽斗に指を挟んでしまう。 「いたっ!!!」 「(ビクゥ)びっくりした急に!おおきなこえやめて!!!」 「ごめんごめん…そっちは何かあった?」 「えーっと・・・日記?かな・・・何か冊子。見つけた」 本棚を探っていた春日井は、蛇が這いずったような模様の描かれた、一冊の本を持ちだす。 どうやらそれは、誰かの日記のようだ。 「日記か…また白紙だったりしないよね?」 6月17日 「やはり、奴の血液はただの人間のものと同様だ。  妹は「しゅうや」等と呼んで可愛がっているが、出来損ないに相違ない。  今すぐにでも処分してやりたいのはやまやまだが、妹が悲しむので、放ってある。」 6月22日 「妹が倒れた。無理をさせすぎたらしい。  早く、早く手筈を整えなくては。我らが神のためにも、どうか。  奴はいつも通り、階段下の物置に放り込んでおいた。」 6月30日 「すべての準備が終わった。  どうか、かの神が、我々を救い給うよう。」 たったの3ページ。ここで日記は途切れている。 春日井は、言い難そうに唸る。 「・・・えー・・・っと・・・」 「しゅうや…え?」春日井と顔を見合わせる桜井。 「・・・素晴らしく出来のいい偶然なわけ・・・ないよねぇ・・・」 「…しゅうや…出来損ない…処分…妹…?」 「…これ、持っていかないほうがいいかな」 「……急に登場人物が増えた気がするねぇ、これは…本棚に戻しておいたほうが良いかな」 「そうですね、お願いします」 桜井は文面を写真に撮った。本は本棚へ戻す。 「鍵らしきものはなさそう…ですかね?他の部屋も見ましょうか」 「うん、これ以上はこれと言ったものもなさそうだし、向こう側の部屋に行こうか」 「向こうも何か見つかってればいいんだけど…」 一方、ヴィンツ、レイネス、柊夜の向かったのは食室……食事を摂る部屋だ。 食室には、中央に長机がひとつ置かれているが、白いテーブルクロスは埃に汚れ、どろどろだ。 食器類は片づけられているのか、見当たらない。 燭台がぽつぽつと壁に並び、テーブルの上にも、いくつか並べられているほかには、これといったものはない。 レイネスは、埃の積もった床に、紙片が落ちているのを見つける。 そこには、 「連中はやっぱり連中だ。  目の眩んだ馬鹿どもに、もうこれ以上優しくなんてしてやるものか。  彼らは着々と準備を進めている。俺もその時が楽しみになってきた。  どうせなら……  改めて得たこの命を、そのために捧げるのも、良いかもしれない。」 と書かれている。ヴィンツは、それが東雲の筆跡であることに気付く。 「…これ、シノノメ先輩の字だな。  改めて得た命…?あるわけないだろそんなもん…分かるだろあの人だって医者やってんだから」 「シノノメせんせーの・・・?改めて得た命って、意味深だねぇー・・・」 「…待てこれ、この屋敷に誰かいた時からシノノメ先輩ここにいたってことか?」 「んーん、これだけ誇り被ってないから、最近のやつみたいだね・・・」 埃で汚れた床には、新旧織り交ぜた足跡が無数についている。 「最近までシノノメ先輩以外にも誰かここに来てたってことだな…」 柊夜は、片喰を探しているのか、辺りをきょろきょろと見渡していた。 春日井と桜井は、二つ目の部屋を訪れていた。 「また客室っぽい部屋だね…」 ベッドと簡単な机、椅子、ハンガーポールのあるその部屋は、どうやら客室のようで、あまり使われている様子がない。 「使われてなさそうだね…」 「うーん・・そうだね」 ここには、書斎の鍵も、手がかりも、片喰もいない。 二人は、部屋を出た。 バルコニーへ出たヴィンツ、レイネスもまた、特に手がかりを得られなかった。 石造りの簡素なバルコニーには、枯葉が積もっている。 天気が良ければ、外で食事でもしたのかもしれない。 裏庭には一面、彼岸花の花畑が広がっているが、それだけだ。 「綺麗なもんだなー」と眺めるヴィンツ。 「こんな赤い花、初めて見たぁ」レイネスも、花畑を見渡す。 ヴィンツは落ち葉を払ってみたが、何かが隠されているわけでもない。 「ここにもばみっちいなさそうだから、戻ろっかー」 「そうだな、何もなさそうだし戻るか」 「だからばみっちって……あ、片喰か…。」どうやら今理解できたらしい。 「お前、今、気付いた、のか」 「これだからしゅーちゃんは」 「っな、なんだよお前が変な呼び方するからだろ!?」 柊夜は頬を染めて吠える。ヴィンツは、再び、柊夜の頭を撫でた。 「あーもーかわいいやつだなお前は」 「ッ、るせぇないいからずらかんぞ!!片喰いねぇし!!」 「なーんだぁ、かわいいとこあるじゃーん!」 かーわーいーいーしゅーちゃーん♪とリズムを取りつつ口笛吹きつつ、レイネスは広間へ戻っていった。 「ッだとテメェ!!待ちやがれこのッ!」 「はーいはーい落ち着けって言ってるだろー」 彼らが広間に戻ると、既に桜井と春日井は戻っていた。 互いに情報を交換したが、春日井は、日記の記述を伝えるべきかと躊躇う。 「ふむ…こっちも鍵らしきものはなかったよ。やっぱり上かな…」 「(・・・どうしようか)」 「(とりあえずしゅうちゃんに見られないように伝えたいけど…)」 「(・・・今はまだ黙っておいてもいいよね)」 「(そうだね…今は)  …仕方ないですね、上を見に行きましょう。また東と西で二手に分かれるのはどうです?」 レイネスは、二人の内緒話に首をかしげつつ、頷く。「うん、いいと思うにょ~」 「うん、いいと思う。しゅうちゃんは…」 「……じゃあそっちついてってみる。なんとなく。」と桜井の方へ。 「!そうかい?それなら行こうか」 「ぶー。しゅーちゃん、またねぇ」 「よーし。じゃあちゃんと二人を守るんだぞ」 「じゃあ、さっきと同じように二手に分かれて探索して、バルコニーで落ち合おうか。それと・・・」 「ああ。早く見つけねぇと…。」 と言いながら、柊夜は桜井へ着いて行く。「んだよ、お前ら遊んでんじゃねぇんだぞ。」 柊夜に睨み付けられたヴィンツは、手をひらひらと振って見せる。 「なんだよー、俺は真面目だよ?」 「見えねぇ。」 「うっわ酷!っていうか俺フラれてる!」 桜井は、レイネスとヴィンツに、こっそり声をかけた。 「一応何もなかったけど、一階の部屋の様子をメール送っておくよ。あとで上で見てみて?」 「りょーかいりょーかーい」 「ん、了解マードレ、後で見とく」 ○蛇籠屋敷 2階 階段を上ってすぐの部屋へ入るレイネスとヴィンツ。 部屋はカーテンが閉まっていて暗い。ベッドと、年代物のテレビ、何かの機材が置かれているようだ。 レイネスが電灯を点ける。箱型の、古いテレビ、それにハンディカメラのようなものが接続されていることがわかる。 ヴィンツはテレビの電源を入れたが、チャンネルはどこも砂嵐を映すばかりだ。 レイネスは、カメラの近くに、黒いビデオテープが落ちているのを発見する。 黒いテープのラベルには、べっとりと血の染みがついている。 どうやらハンディカメラのテープのようだ。 「せんせー、これ。見れるみたいだけど・・・せんせーどうする?一緒に見る??」 「……血がついてるな。いい予感はしないが…見てみるか。虎穴になんとやらだ」 カメラにテープをおさめ、二人はテープを再生した。 ぱっと明るくなった画面は、縁日の風景を映している。 とくに変わった光景ではない。立ち並ぶ屋台をぐるりと見渡し、3分ほどの映像ののち、一度砂嵐が流れる。。 短い砂嵐の後、悲鳴の中、再度テープが回される。 撮影している男本人の声だろうか、「大変だ」などと口走っている。 一瞬、画面の端に黒い塊が映ったかと思うと、視点が宙に浮く。 がしゃん、と酷い音がした。 男の絶叫とともに画面は落下し、地面に転がった。 ひどく乱れ、ピントのずれた画面に、怯えきった少年の背中が映される。 その背に流れる髪は、あざやかな緑色をしている。 画面奥で、何か巨大な黒い塊がのたくっているように見える。 悲鳴と怒号が断続して響いている中へ、凛とした声が割り込んだ。 「俺が貴方を愛すると誓う。だから、俺の友人を……彼らを赦してくれないか」 掠れた老人の声と、童女の声を混ぜ合わせたような、何かを引っ掻くような音が答える。 しばしのやり取りの末に、不気味な声は甲高く、おそらく哄笑を上げる。 そうして轟、と嵐のような風が吹き、黒い塊は消え失せていた。 「おいヴィンツ。その、さっき突き飛ばした事なんだけどよ、」 と言いながらその時、柊夜が部屋に入ってくる。 映像は、先ほどまでとは違う映像のように、静まり返っていた。 やがて、震える少年のもとに、ひとりの青年が歩み寄る。 映像の乱れが酷くなり、画面は殆ど黒く塗りつぶされている。 「しゅうや。」 優しい声が、少年の名を呼ぶ。 「全て、忘れろ。今日あったすべてのことを。  俺と出会ったことを。彼女と出会ったことを。」 それを拒む少年の泣き声だけが、最早何も映していないテープに残響する。 やがてテープはぶつりと途切れた。その瞬間に、ぞっとするほど愛らしい、童女の声が割り込む。 映像の再生が終わったとき、柊夜は放心して、砂嵐の画面を見つめている。 この映像の、奇妙な黒い塊は、ヴィンツとレイネスに、非常に強い恐怖感を与える。 あれは、何だったのだろう。最早テープは何も映していないというのに、鮮明にその光景を思い出せる。 ぼうっと画面を見つめる柊夜に、レイネスが声をかけ、顔を覗き込む。 「・・・・・・しゅーちゃん?」  「……!!」 声をかけられてようやく、柊夜はゆっくり青ざめる。 「……だから…。」やがて柊夜が震える唇を開く。 震えながらも、慕うような響きを込めて、「だから……探さなきゃいけないん、だ。」 と、呟いた。 瞳はまっすぐに画面を見つめている。黒くなった画面の奥にいる誰かを見つめるように、まっすぐに。 テープに入っていた声が、片喰陣、彼のものであることに、ヴィンツとレイネスは気付いている。 彼は、少年に、何かを忘れるように促していた。 柊夜に取り乱すような様子はなく、ただ、彼の中の想いを噛みしめているらしい。 ブラウン管を見つめ、ぼうっと半開いた唇は、何も問われなければやがて静かに、閉じるだろう。そう時間をかけず。 柊夜が突然離れたため、桜井と春日井が追ってくる。 「……これが、お前の秘密、か?」 「……別に秘密じゃない、けど。」 ヴィンツの問いに、柊夜は胸のあたりのパーカーをぎゅっと掴む。「一生、一生忘れない、大事な記憶。」 「……けど…。」 また、柊夜は目元をくしゃりと歪める。 「そのせいで……そのせいで陣は、ああなっちまった、んだ…。」 「……そうか」ヴィンツはもう一度、彼に触れる。「……お前が冷たいのも、そのせい?」 「……いや、違う。」 柊夜は、静かに首を振る。そして被っていたフードを、ぱさりと脱いだ。 「これは、生まれつき。バケモノの、証拠だ。」 柊夜の首筋には、鱗のような模様がはっきり見て取れる。 耳は鋭く尖り、ひらめく舌の赤い事。まるで、蛇を彷彿とさせる。 言葉に詰まるヴィンツ。柊夜は、フードを被りなおした。 「……つっても、"できそこない"、だけどな。  家の連中には、できそこないだって、嫌われた。でも、ニンゲンでもないから、そっちの仲間にも、なれなかった。  だから、さ。別に、俺なんてどうなったって、よかったんだ。別に、誰も困らないし。」 微かに、遠い目をする。柊夜は、声を震わせた。 「あの日だって…。  あのまま、死んでたって、よかった、はずなんだ。……でも、  陣は、ばかだ。こんな俺を、助けてくれたんだ。  そのためにあいつと、あいつと、あんな約束をしちゃって。  そのせいで、何も覚えられなく、なっちゃって。」 声の震えは、次第に大きくなっていく。 「だからさ、だからさ、」 親を守る子どものような、不安げな表情と瞳に、涙を浮かべて。 「陣は、陣は悪くないんだ。なにも、なにも悪くないんだ。  知ってるよ。ともだち、忘れちゃったんだろ?  それで、嫌われたり、しちゃったんだろ?けど、けどそれは……  ―――悪いのは、俺なんだ…っ!」 「やめてくれ、そんなこと言うの……」 ヴィンツは、彼をぎゅっと、抱きしめた。 「何もしてないのに悪いなんて言うな、バケモノなんて言うな!  そりゃお前より深刻じゃないかもしれないけどさ、俺だってそうだよ、  何やっても俺は『ガイジン』で、仲間になんて入れてもらえなくて、  いくら必要とされるために頑張ったって、結局蚊帳の外で、みんな俺の髪色と目の色しか見てなくて、  でも、お前にはいたんだろう、大事な人が、お前を大事だって言ってくれる人が、  …………だったら!!! だったら誇れよ!!! 俺が喉から手が出るほど欲しいものを持ってるんだから!!  『自分が悪い』なんて言うなよ、『死んでよかった』なんて言うなよ!!  お前は、望まれたんだろう!! 生きることを!!!!  お前には、まだ、希望が、あるだろ……」 そう叫びながら、ヴィンツは、柊夜をかき抱いたまま、へたり込む。 柊夜は目を伏せたまま、かた、と喉をふるわせた。 「……その、大事な人が、」 「自分のせいでいなくなっちゃうとしても、か?」 柊夜は、がばっとヴィンツの両腕を掴む。縋りつくように。 「なぁ、なぁヴィンツ。ヴィンツは俺と、似てるんだろ?  俺の気持ち、すこし、わかるんだろ?だったら、だったら……  なぁ頼むよ……お願いだよ……陣を……陣を助けてよ……  あいつ、このままじゃ俺のせいで――――あの大きな化け物に、さらわれちゃうんだ……!!!」 ヴィンツは息を飲む。そして、彼に言い聞かせるように、 「……助けるさ、それがお前の望みなら。お前の、希望なら。  ……俺は医者だよ。人の希望を、救うのが、俺の仕事だ」 優しく、そう言った。 第8回へ続く