○桜井のバーにて 桜井の店に、桜井が探偵業も行っていると聞いた一人の男性が訪ねてくる。 こういった店は不慣れなのか、生真面目そうな彼は少し緊張しているようだ。 本当にここが探偵事務所でいいのかとおどおど、見回してる彼を、 桜井は、まずはバーの客として出迎えた。 「いらっしゃい。好きなところ座っていいよ」とカウンターから声をかける。 「え、あ、あのすみません今日はお酒を頂きに来たんじゃなくて  ……あの、こちらに探偵事務所があると聞いて来たのですが。別階でしょうか?」 「ん、珍しいね。それならこっちにおいで」 「えっ。えっ…?」 「あはは。やっぱり驚くよねえ。…さて、何かお悩みのことが?」 桜井は、鈴掛にバーのメニューを手渡す。 「……あのですから、お酒じゃなくて  ……じゃあスクリュードライバー……。」 「あっはは!悪いね。…で、本題移りましょか。何かありましたか?」 「あ、本当に此処が探偵事務所なんですか……。  ……すみません、友人が……行方不明になってしまいまして。  その捜索を依頼に、こちらに伺ったんです。」 「…行方不明?そのかたの情報をお聞かせ願えますか?」メモを取りながら。 「はい…あ、ありがとうございます。申し遅れましたが、僕はこういう者です。」 鈴掛はそう言って名刺を差し出す。名刺には、鈴掛藍、自衛官・・・と書かれている。 「…その、行方がわからなくなった方も自衛官なのですか?」 「いいえ、彼は古い友人なので勤め先は違うんです。医者をしていまして。  ……三ヶ月程前からでしょうか、友人と連絡が取れなくなったんです。  向こうも良い歳でしょうから、数ヶ月程度ならそういう事もあるのかもしれませんが…。  ……入院先の病院から失踪したとなると、ただごとではないな、と思いまして。」 「…入院先?」と桜井は、ペンを止めて聞き返す。 「……ええ、その。」 鈴掛の目が泳ぐ。「……あまり言いふらして良い事じゃないと思いますが  ……精神科に、入院となりまして。ちょっと前まで普通だったと思うんですけど……急に。」 桜井は身を乗り出して、周りに聞こえないよう配慮しつつ真剣に聞く。 「急に…行方がわからなくなった、と。  その三か月前に、何か思い当たることなどは?」 「いいえ特には……僕も何度か見舞いに言ったんですが、  ちょっとぼうっとしてるぐらいでとても大人しかったですし。まさか脱走するような様子などはとても……。」 鈴掛は、東雲の写真を差し出す。 「……この写真がその友人、東雲雪崩(しののめなだれ)です。  本当につい最近までこんな調子で、外で普通に付き合えていたんですけど……。」 「コピーしても? 釣りがご趣味なのですか?」 「ええ、結構好きでしたね。僕とも何度か一緒に行った事があります。  昔から外に出かけて何かするのが好きな奴でしたから…。」 「となると…単純な予想ではありますが、急に釣りが恋しくなってぬけだして…というのは…」 「はは、ガキの頃ならいざ知らず、流石のあいつでもそんな事は…」 初めて、鈴掛の張りつめた顔から笑みが零れる。 「あいつも一応医者のはしくれですから、  よほどの事がなければ体調回復を優先するんじゃないかと思うんですけどね……。」 「そうなると、その”よほどのこと”があったのかもしれませんね…。  望みは薄そうですが、そのよく行かれる釣り場で捜索はされましたか?」 「流石に釣り場を探すという発想はありませんでしたね……成程。  プロの探偵となると着眼点が違うんですね……。  僕にできたのは片っ端から共通の知人に連絡を取るぐらいです。……成果は得られませんでしたが。」 「連絡がとれないと伺っておりますし、釣り場近くで何かあったという可能性も少しはあるかと思いましてね。  精神病院で入院されていたぐらいなら尚更です。  …しかし、知人でもわからないとなれば、やはり人通りの少ないところにいる可能性が高いのでしょうか・・・?」 「……それらの可能性を含めて、彼の行方調査をお願いしても宜しいでしょうか。  僕もできる限り探してみますが……仕事もありまして、なかなか時間が取れないのが実状です。」 「かしこまりました。何かわかり次第ご連絡を差し上げます。  …ああそうだ、ついでに入院されていた病院を教えていただいても?」 「はい、入院先は…。」  鈴掛は、手帳に病院名と電話番号をしたため、頁をちぎって、桜井に手渡した。 「何かほかにも思いついたことがあればいつでもご連絡ください」 桜井からも、緊急の連絡先を鈴掛に渡す。 「あっ、そうだったすみませんさっきのメモっ、僕の連絡先も書いとかないとですね…!」 焦って書き足す鈴掛。 「……本当にありがとうございます。何卒宜しくお願いします……」と、深く頭を下げる。 「いえいえ、早く見つかるといいね!」いつものバーの店主の顔に戻る桜井。 「…というわけで、せっかくだから飲んでいってね?」 「あれっ!?……あ、ありがとうございます……。  桜井さんなんでそんな雰囲気使い分けてらっしゃるんですか……  えっとじゃあこのカクテル名前可愛いから一つ。」 「あれ、ずっとこっちのがよかった?いやー、やけに真剣な顔してるからつい!」 「茶化さないでくださいこっちは深刻なんですから……はぁ。」 鈴掛は、スクリュードライバーを飲みつつ溜息をつく。大分酔いが回りつつ。 ○東羅大付属病院にて 東雲先生の治療以外受けない、と駄々をこねているレイネス。 「あのせんせーじゃないと僕治療受けないし治療費も払わないからねぇ〜??」 困り果てた看護師たちは、東雲の後輩であるヴィンツに白羽の矢を立てた。 レイネスの怪我はそもそも三か月も続くような骨折でもないので、 東雲先生と仲が良かった貴方に適当に思い出話でもしてもらって、お引き取り願おうという算段のようだ。 一方春日井は、東雲に貸していた幼女物のAVがかえってこないので、職場を尋ねてみたものの、 東雲先生は辞めたとあしらわれてしまい、困っていたところに、ヴィンツの顔を見つける。 「ポルノ法が厳しくなる前の裏ルートをどうにかかいくぐってようやく手に入れた逸品なんだぞ!!!  ふざけるんじゃない東雲!!!!」 「えっと、だからシノノメせんp…東雲は今休暇を取っておりまして…あー…」 「休暇って何さ休暇って?!そんななっがい休暇とられたら僕も皆も困るじゃんよー!」 「というかレイネスさんあなたもうほとんど治ってるでしょうに…もう…」 「治ってないでぷー!まだちょーっと骨折れてるんだよんもー!」 「でーぷーじゃなーいー!もう治ってるの!」 「んぐぐぅ、いいよ!じゃあ他の人にネホリハホリ聞くよ!」 近くにいた看護師にシノノメはどこかと聞いて回るレイネス。 「えっ、東雲先生なら辞めましたよ、三か月ぐらい前ですけど・・・」 「あーもうその人も仕事中だから!レイネスさん!待って!(あー言っちゃった…)」 「ヤメタ・・・・・・?金髪!話が違う!!」 「あーもうごめんて!ごめんって!でも納得しないでしょレイネスさんはー!(いなくなりましたなんて言えるかー!)」 |三・(エ)・)「僕も納得していないぞ!」ザッ 「困ってるのは我々もですよ。あの人引き継ぎも何にもしないで急に辞めちゃったんですから。」 「で…シノノメせんp…東雲はですね…」 ヴィンツは、東雲が3か月前から音信不通であることを伝える。 「音信不通…?そういえば先日送った催促のLINEも既読すらつかなかったな…」 「おんしんつーふーねえ・・・急に辞めたっていうのもおかしゅーない?」 レイネスは少し冷静になったようだ。 「そうなんですよ…仕事だってがっつり残ったまんまで手続きもなんもなしで、  引き継ぎが大変だって経理のやつがぼやいてましたよ…」 「ふーん。・・・夜逃げの匂いがぷんぷんするねえ」 もっとも、東雲はそれ以前から入院している。 レイネスは彼自身から、しばらく入院する旨を聞いていたが、 しかし、それほど長引くものではないだろうとも言われている。 「それともシノノメせんせー誘拐事件?事件なの??」 「夜逃げ…誘拐…そうなのかもしれないですね…3か月音信不通となると…」 ヴィンツが彼を最後に見たのは病院内でのことだ。 入院するとは言っていたものの、彼はどこか晴れやかな顔をしていた。 「ふぅん…けれども彼に夜逃げするような理由や、誘拐されるような価値は何かあったかい?  何だって彼がそんな…」 春日井が最後に東雲と連絡を取ったのは、「AV返せ」「すまん」のLINEだ。 しかしその後、もう一度「返せ」コールを送ったときには、既読マークすらつかなかった。 「精神入院する患者、の顔じゃなかったよなぁ…」 「うん?何か言ったかい?」 「あ、シノノメせんp…東雲なんですが、  なんというか…入院する患者さんにしては、幸せそうだったというか…」 「・・・頭のネジ吹っ飛んじゃったのかなあ」 「夜逃げする理由…は特に思い当りませんね。誘拐は…なんだかんだ優秀な外科医ですから先輩は…  頭…これでも医者の端くれ故、あまり考えたくはないですが…  可能性は頭に入れておくべきかもしれません」 「頭のネジが吹っ飛んだ外科医を誘拐ねぇ…うぅん、分からなくもないけどそれにしても不自然ではあるな」 そこで、春日井とレイネスは、彼らを睨むような、鋭い視線を感じる。 春日井が気付いて振り返った時には、そこには誰も居なかったが、 レイネスは素早く気付いたため、足早に去っていく青年の後ろ姿を見届けた。 レイネスは、さらに、彼が何らかの意図をもって貴方たちを睨んでいたこと、 自分が気付いたから、バレたと思って去ったのだろうということを理解する。 「…? どうしたんですかお二人とも?」 「・・いや、今何か・・・視線を感じていたような・・・」 「んむっ、見えた!おにーさんに睨まれてたけどそいつすぐに逃げたよ!」 それは明らかに、他人を害することに、何の躊躇いもないであろう視線であった。 彼がいかなる理由で自分たちを見ていたかは不明だが、 おそらく東雲を探す上で、何らかの障害になるだろう。 青年のことは、3人の中に印象深く残った。悪い印象として。 「お兄さん?…どんな人でした?」 「多分おにーさん!そいつすっごい殺気放ってたんだけど、怖っ!  どうする?おっかける?」 「……厳しいかと思いますよ、今からだと」 「むー、悔しいなあ」 「しかし、悪意があったとなれば、我々だけで対処というのは厳しいでしょうか…  その道に詳しい方なら知っていますよ、別の職業でしかお会いしたことはありませんが…  宜しければ、夜にまた落ち合いませんか? お友達ってことで」 「ほっほう。たしかにずっとここにいるわけにもいかないしぬー。いいよお!」 ○再び、桜井のバーにて 桜井は、いつも通りOPEN看板を扉に下げている。 レイネス、扉を勢いよく開けて一言。「タノモー!!」 「(これはいかがわしい香り・・・)タノモー」 「いらっしゃー…はい?」 桜井は皿を拭く手を止める。 「こんばんは、マードレ」 「あらやだ、こんばんは。どうぞお好きなとこ座って?」桜井、バーの客としてもてなそうとする。 ヴィンツ、カウンターに座り、 「じゃあ赤ワインとチーズ…あとマードレ、実は今日はお酒飲みに来たんじゃなくて」 「ん?」 サーモンを注文する春日井。 「実は…」と切り出し、東雲がいなくなったこと、調べたいが何か悪意が見えることなどを伝えるヴィンツ。 「…二日連続、しかも同じ捜索対象とはねえ…  とりあえず、詳しく聞かせてもらえますか?」 と、注文されたものを次々と出しながら、桜井はヴィンツに尋ねる。 ヴィンツは東雲の失踪のあらましを話す。 「ところでマードレ、同じ捜索対象っていうのは」 「ああいや、こっちの独り言だよ。  …あーそうだ、君たちは彼のお友達のかたを知ってる?鈴掛さんというのだけど」 桜井、新巻鮭を出す。 「(思ってたのと違う)」 「俺は顔見知り程度には。鈴掛さんがどうかしたの?」 「いや、実は既にこちらにも捜索願いが出てるんだよ。  その人の話では、知り合いには片っ端から聞いたみたいだけどね?」 鈴掛は一度病院を訪ね、東雲の行方を聞いてはいるがど、病院側の回答は、 知っての通り、「辞めた」「おかげで忙しい」の一点張りだったようだ。 「あー…行方を聞きに来てどうこうで管理部が揉めたとか言ってたなそういえば…」 どうやら、東雲の元勤務先は、本当に何も知らないうえに、迷惑しているようだ。 辞めるというのも電話一本で、辞表もなければ顔も見ていないため、実質クビなのだそう。 「そっか、ならもともとの勤め先は本当に知らない、と…。  一応、こっちはこのあたりの釣り場を探してみようかとは思ってるんだけどね?」 「そうだね…俺も何か調べてみるかな。  乗りかかった船だし、マードレにばかり手間かけさせるわけにもいかないし、ね?」 「…そうだ、そういえば…東雲さんはなぜ精神病院に?」 「なぜ…それは俺も知らないな」 「ほふもひらはい」レイネス、新巻鮭をほおばりつつ。 「精神病院ねぇ・・」 「ともかく、何か悪意があるとなれば、俺たちもどうにか知恵を持ち寄っていかなくちゃならない…  二人とも、今からオキャクサマ扱いはしないけど、いいよな?」 「おー、臨むところだよお、キンパツせんせー」 「かまわないよ(・(エ)・)b僕も早いとこ彼に会わないといけない用もあるしね。協力しようじゃないか」 「ああそうだ、こちらからも渡しておこうかな。」と、三人に名刺を渡す桜井。 「ん、助かる。どうもじゃぽねーぜの喋りは肩が凝ってな、あ、ありがとうマードレ」 連絡先を受け取り、「一応俺のも」と言って全員に名詞と連絡先を配るヴィンツ。 「ありがと。…できれば情報はこれからも共有していきたいところだね。さて、これからどう調べようか…」 第2回へ続く