○ヴィンツ、東雲家を訪ねる 東雲の住んでいたのは、何の変哲もないアパートだ。 周辺は住宅街で、周囲はのどかな雰囲気に包まれている。部屋は2階の角らしい。 鍵がかかっていたため、大家に助力を乞うことに。 隣のおおきな一軒家が大家の家だ。 大家の老婆はにこやかに出迎えてくれた。 「あらあら、こんにちは。」 「オハツニオメニカカリマス…で、良いんでしょうか。」 ややカタコト風に話すヴィンツ。「私、あちらのアパートに住んでいる東雲さんの同僚で…」と自己紹介 「まぁ、日本語お上手なのねぇ。  あら、東雲さんの……でも、東雲さんでしたら、もう出て行かれましたよ」 「出て行った…ですか。  実は、東雲さんが持っていた資料がどうしても次の仕事で必要なんですが…」 「ええと……家具なんかは幾つか置いて行かれたみたいなんですけれど  一度、中を見てもらったほうが良いかしらねぇ」 「はい、是非お願いします」 彼女の言う通り、室内に家具はいくつか残っているようだ。 本棚や靴箱、水屋、ベッドの台など。 「書類とかは全部持って行かれたと思うんですけれどねぇ。  ご実家のほうを尋ねられたほうが良いんじゃないかしら?」 「先ずはこちらにないか探してみます。  実家…ですか?」 「ええ。ここを出られるとき、地元に戻ると言ってらしたわ。」 「地元…」 同県内だということは聞いているが、詳しい場所までは知らないヴィンツ。 ここで、ベッドと床の隙間に何かあることに気付く。エロ週刊誌だ。 大っぴらに開くことはできないが、ページが数枚切り取られているのがわかる。 切り取られたページは、目次からして、パワースポット的な話の載っている記事のようだが……。 森林浴、という字が、目次から読み取れる。 袋とじが開封されているが、ヴィンツは興味を引かれなかったため、雑誌を元の位置に戻した。 「書類は見つかりましたか?」 「見つからないですね…レディには見せられないものばかりです。  しかし参ったな、あれがないと…」 「ごめんなさいね、お力になれなくて……」 「いえ、助かりましたよレディ、ありがとうございます」 ○レイネスと春日井、精神病院へ 目的の精神病院には、案外すぐに辿り着く。 入院施設もあるため、それなりに大きな病院だ。 ナースセンターに看護師がいる。 「あのー、すいませーん…」手近な人に声をかける春日井。 「はい。こんにちは。お見舞いですか?」 「あ、いやお見舞いではなくて。  えー…前までここに入院してたらしい人のことでちょっと、お伺いしたいことが」 「えっと……少々お待ちください」 看護師は誰かに意見を伺いに行ったようだ。 しばらくして、受付の看護師の上司だろうか。別の看護師が戻ってくる。 「どういったお話でしょう?」 「えー……ちょっとですね、人探しをしてまして…  そいつがちょっと前までここに入院してたらしい、って聞いたんで、ちょっと伺ってみたんです」 「そういうことでしたら、お答えするのはコンプライアンス違反となってしまいますが……」 「じゃあその、入院してたかどうかという確認だけでも。  東雲という患者がここにいたのは間違いないですか?」 「東雲さん、ですか」 看護師は声を潜める。 「3か月ほど前、入院されていた患者さんに、東雲さんという方はいらっしゃいましたよ。」 「そうですか…彼、皆さんにご迷惑とかかけませんでしたか?入院する前は少々やんちゃな奴でしたが」 「いいえ、全く。とても大人しくて、経過も良好でした。  退院の予定もずいぶん早まったのに……突然脱走するなんて、  あ、いえ、今のは聞かなかったことにしてください」 看護師はしまったという顔をした。 「……脱走?退院ではなくて?」 「ええ。正式な退院はされていませんよ。入院費用はきっちり払ってありましたけれど。  とはいえ危険な患者さんでもないですし、うちに法的な権力はありませんから、何とも」 「脱走するほど嫌なことでもあったのかなあ〜」 「お話できるのは、その程度ですね。  申し訳ありませんが、こちらも仕事でして」 「いいえ、とんでもないです。お忙しいところ申し訳ありませんでした」 「とくにこういった病院への通院歴などは、気にされる方も多いですから……  では、失礼します」 「突然の脱走だったら、下手したら入院服のままだよぬん。めっちゃ目立たない?  目撃情報とかありそうな気がするけどもっも」 「……というかそもそも、退院の日時も早まったのになんでわざわざ脱走なんか……」 「謎は深まるばかりであーる・・・」 「…君が言ったとおり本当に何かここで嫌なことでもあったのか、  もしくはここから、一日でも早く出ないといけない理由が外にあったのか」 「・・・そいえばさー  キンパツヴィンツせんせーが最後に見た東雲せんせーの顔を見た時は、  なんか嬉しそう?ホコラシゲ?な表情だったって言ってたやんか。  もしかしてもしかして・・・一日も早く脱走したくなるほど会いたい人がいたとか!?」 「(やんか?)…漫画かドラマでもあるまいし……でもそんな春が来そうな相手がいるなら、  少なくとも彼の友人やら仕事仲間にくらい連絡しても良さそうではあるんだけれどなぁ…」 「ナイショにしたかったんだよきっと多分恐らく」 「ナイショにしたい相手だなんて……はっ…いやまさか…  僕と会わせたくない程に可愛らしくて茶目っ気のあってふわふわキュートなお嫁さんの一人でも捕まえたとい(ぶつぶつ)」 「Oh,Oh,今頃なかなかのキュートちゃんとラブチュッチュしてるかもよ?」 ○桜井、釣り場を探索 桜井、鈴掛にメールを送信。 ・精神病院に入院することになった経緯 ・精神病院での入院時の詳しい様子(誰かについて話をしたか、何処かについての話をしたか など) 心苦しいところももしかしたらあるかもしれませんが詳しく教えてください、と。 釣り場まではバスで20分程度の距離。 まばらではあるが、何人か釣り人らしき姿も見られる。 皆静かに、池に糸を垂れている。 桜井は聞き込みを進めるが、誰も、東雲のことは見たことがない、知らない人、といった受け答え。 ココ以外の観光スポットがないかという質問に、若い二人組が答える。 「やー、でも俺らもここ来るようになったん最近なんでー、ちょっとなー。」 「向こうの釣り場のほうがよく釣れたけど、ねぇ……。」 「向こうの釣り場?ここ以外にも釣り場が?」 「うん、もっと森の奥の方でね。」 「いい雰囲気の場所だし、しょっちゅう行ってたんだけどな。」 「ちょっと最近、変な人が多くて。」 「不審者的なー。」 「不審者?…そのお話し、詳しく伺っても?」 「んーとね、ここから電車とバスで2時間くらいのとこなんだけど……」 「最近何か、変な奴らがうろついてて。釣りするでもなく、なんかぼーっとしててさぁ。」 桜井、聞きながらメモを取る。 「気持ち悪くて、最近行きづらいんだよねェ」 「あ、バス停は『かがち谺(かがちこだま)』だよ。」 「かがち…谺、と。ありがとうございます。しかし、確かに不思議と言うか、気味が悪い話ですね…」 「ねー。まぁ、こっちも釣れないわけじゃないから、いいんだけどね。」 「ここでももっと釣れたら言うことはないのですけどねえ…。お話しありがとうございました。あ、よかったらこれ」 バーの名刺を渡す桜井。二人組は釣りに戻っていく。 「…東雲さんに関係あるかはわからないけど…行く価値はありそう、かな…?」 そこへ、鈴掛からの着信が入る。 「あ、桜井さん。鈴掛です。お返事遅くなりましてすみません。」 「桜井です…ああ、鈴掛さん!いえいえ、こちらこそ突然すみません」 「東雲の調査進めてくださってるようで、ありがとうございます。…それで、入院の経緯と様子…でしたよね。」 「いえいえ。本日の報告はまたメールでお伝えします。  …入院の経緯などがわかれば、新たに調査すべき場所も見えてくるかと思いまして。」 「経緯については僕も全く聞いていないんです。  ……入院中の様子、なんですけど…その。」 言いにくそうに、鈴掛の言葉が途切れる。 「……最初からきちんと話しておけなくて…すみません。  入院中の東雲、一度妙な事を言ったんです。『陣と最近会ってきた。』と。」 「…陣?  その陣、というのは…どなたかのお名前でしょうか?」 「陣というのは片喰 陣(かたばみ じん)と言いまして、僕と東雲の……親友だった奴です。  もう長い事会っていないし、何よりそれが入院中の話だったので……一体何の冗談かと思ったんです。  それから間もなくです、東雲が失踪したのは……だからもしかして、本当に何かしらがあったのか、と…。」 「…なるほど…。その陣さん、という方とは、藍さんは最近お会いしたのですか?」 「………いいえ、全く。」 少しだけ、鈴掛の声が低くなる。 「彼は随分、その……僕らと仲が良かった頃とは、変わってしまって。」 「…最後に陣さんにあったときの、そのかたの様子などをお聞きしても・・・?」 「……様子もなにも…。」電話の奥で苦く笑う音がした。 「彼はもう、僕達とは"他人"らしいですので。  ……いえ、すみません…。関係のない話をしてしまいました。」 「…他人…。  …そうだ、その陣さんに会ってきたと言ったということは、  入院中に東雲さんが外出されたということですよ 「彼の話を信じるなら、そういう事になりますね…。  ああいう病院で外出が許されるものなのか、僕はちょっと疎いのですけど。」 「ふむ…。…言いにくいかもしれませんが、その陣さんは今は街の近くにお住みなのですか?」 「……会いにいく、つもりですか?」 驚いた風な声で、鈴掛が聞き返す。 「もしかしたら、その陣さんが何か知っているのかもしれません」 と、毅然とした声で返す桜井。 「……きっと会っても、何も話してくれないと思いますけどね。  彼は最近、不良みたいな男とつるんでいるという話を聞きますので…。  ですがもし、彼に会いに行く事を決めたら連絡をください。僕も予定合わせて、ついていきます。」 「そこは何とか話してみせますよ。まあ、一応バーの主人ですから?  …そうですね、会いにいくのを決めたら日時をご連絡します。  一緒に、聞きに行きましょう。藍さん!」 「この住所にある、確か古本屋だったと思います。それらしい物を探せばおそらく見つかるでしょう。  ……ありがとうございます。我儘を言って申し訳ない、宜しくお願いします。  ……バーの主人さんとは不思議なものですね、貴方とならあそこにも踏み込めるような……気がしてきます。」 と、鈴掛は小さく笑った。 「いえいえ。では、今日の調査でわかったことは今からメールさせていただきますね。  …貴重なお話し、ありがとうございます。」 「いいえ、こちらこそ連絡ありがとうございました。それでは引き続き、宜しくお願いします。」 通話を終了し、3人に「今夜バーに来て」とメールを出す桜井。 ○桜井のバーへの道 道中で一緒になるレイネス、ヴィンツ、春日井。 バーに向かっているところで、不意に声をかけられた。 そして突然 殴られるヴィンツ。 後ろでは見慣れない若い男が、冷たくヴィンツを見下ろしている。 「これ以上あの男を嗅ぎまわるのは辞めておけ。」 レイネスと春日井は、病院内で自分たちを睨んでいたのと、彼が同じ人物であると悟る。 「…感心しないな、いきなり暴力に訴えるとは」 「・・・あっ、あの時の殺気君!!」 「…目障りなんだよ。これ以上痛い目に遭いたくなかったら手を引け。」 彼はきつく3人を睨む。 「そうはいかない、こちらにもこちらなりに引けない事情がある。(キリッ」 「い、痛ってーな…  まーいきなり殴られた以上、それなりの理由がないと『納得しました帰ります』とは言えねえなー」 「そうだそうだー!」 「……ごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ。」 彼は尚苛立ったように3人を睨む。 「お前らの事情なんざ知った事か。いいから嗅ぎまわるな。これ以上、あいつの周りをうろつくんじゃねぇ…」 ぎっと拳を握る青年。 「……次見かけたら、痛いじゃ済まさねぇ。」 そう言い残して彼は去ろうとする。 「あいつ?あいつって誰さ?」 「……嗅ぎまわるなって言ったはずだ。」去り際に、喰い殺しそうな獰猛さでレイネスを睨む。 「あいつが誰だか分かんねえと嗅ぎまわるも何もないんだがな」 「ひょー怖い怖い。・・・でも、あいつがワカラナイカラボクマスマスシラベタクナッチャウナー(小声)」 ヴィンツは彼に心理学を試みる。 しかし、彼が本気で苛立ってることがわかるものの、それ以上は何もわからない。 どうやら、「次は痛いじゃ済まない」というのは単なる脅しというわけでもなさそうだが。 「全く何考えてるんだ…Cane?」 「なんだったんだ・・・」 「んだよアイツー。まあ、あの殺気君が関係してるのはわかったけどさあ〜」 「全く意味分かんねえな…」 第3回へ続く