東雲は君たちの前でにこにこと笑っている。 血まみれではあるが、その笑顔の屈託のなさは変わっていない。 「お前達も祭りに参加したいだろ? 直ぐ始めるからな」 そう言って、手にした大鉈を、片喰に差し向ける。 「陣ッッ!!!」 柊夜の叫びにも、残念ながら、片喰からは何の反応も得られない。 ただ像の前に跪き、祈るように像を見つめているだけだ。 「お前は、陣のところにいた子か。なら知ってるだろ、  これは、陣の願いだ。」 「ッ……」 柊夜は歯噛みしてうつむく。柊夜にはわかるから。陣がなぜ、そうしているのか。 「せんせー!これ以上殺そうとしないでよ!!」 探索者たちが東雲に駆け寄ろうとしたとき、ばさっ、と大きな羽音が響いた。 大きさの割には不恰好で、醜い羽音だ。それと同時に、唸る機械音のような、低い音。 それは君たちの足を竦ませるのに、充分なものだった。 「・・・ほら。急かされちまった。」 東雲は嬉しそうに、頭上の森を振り返る。そこに何か、潜んでいるらしい。 「……陣……陣……ッ」 柊夜は、うつむきながら震えて耳を塞ぐ。 「これが、これがやっぱりお前の、お前のしたい事なのか、なぁ陣……ッ!」 「……だったら、確かめてみればいいんじゃないのか?  カタバミさんが、本当にあの石像に忠誠誓ったのか、それとも別の縁があるのか。……今なら、できるだろ?」 片喰は、瞬きもせずじっと石像を見ている。 「『真に想うものへの呪文』。カタバミさんに、使ってみればいいだろ」 「……じゅも…ん…。」 少しずつ、柊夜は落ち着きを取り戻す。 「……でも、もし…。……いや……いや。そう、だよな。」 その足はまだ少し、震えているけれど。 「……確かめてみねぇと……開けてみねぇと……わからねぇ、よな…ッ」 顔を上げ、きっと片喰を見据える。 「保証はないかもな。でも俺は信じてる。身勝手に信じてる。  信じさせてくれよ、お伽噺みたいなことがほんとにあるって。  人の外側を見ない愛がこの世にあるって、そんな希望を、さ。なあ、柊夜。」 と、ヴィンツは柊夜の背中をとん、と押す。 「うおっ、と。  …お前さ、励ましてんのか俺にぶん投げしてんのかどっちだよ。  しかもぜってー俺に関係ない事上乗せしたろ。」と、 柊夜はヴィンツをじろりと見るが、その口元には、一瞬、小さな笑みが浮かぶ。 「あーくそ、かったりぃ説教聞いてられっか。とっとと終わらせんぞ。」 「はは、バレたか?  でも、信じてるのは本当。だぞ」 「うるせぇ。俺なんか信じられても困るし。  何も信じらんねぇよ。けど……やれることはやる。陣の為に。」 「ああ、そうしてくれ。俺が勝手に信じてるだけだから。  お前はお前の、やれることをやってくれ、カタバミさんのために、な」 「……ああ。」 短い返事。しかし柊夜は、意識はしないがわかっている。 これまで貰った沢山の言葉によって、今、ここに立てている。 前を見据え、まだかすかに震える手を、震えごと握りつぶすように胸元で握った。 「……陣。あの時から今までずっと、本当に、ありがとう。俺なんかの為に陣は、ずっと。  ……だけど、もういいんだ。俺はもう陣に守られなくて、大丈夫。だから。  今の陣の、本当の『想い』を―――取り戻していいんだ、陣…!!」 柊夜は、「真に想うものへの呪文」を詠唱する。 すると、今まで微動だにしなかった片喰が、すっと立ち上がった。 刃を向けていた東雲が、驚いて一歩後ずさるほど、突然のことだった。 「……違うだろう、柊夜。 お前が、俺を守ってくれていたんだろう、柊夜。 ありがとう、俺を、覚えていてくれて」 「………じ、ん?」 柊夜は、呆然と目を丸くする。そして、嗚呼、とほっとした笑みを浮かべた。 「…………よかっ……た…。」 そしてそのまま、膝から崩れ落ちていく。 「……ものすごく長い夢を見ていた気分だな……。」 「カタバミさん…大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないのは柊夜だろう、だいぶ無理をさせてしまった」 「命に別状はなさそうです」 片喰は、柊夜を心配そうに見る。 「・・・・なんだよ。」 東雲は、片喰を驚いた眼で見て、表情を険しくした。 「お前も……その連中と同じなのかよ。彼らの行いがいかに素晴らしいか、わからないのか  まぁ、わからなくていい……せめて、  せめて彼女の、生贄になってもらうぞ、陣!」 東雲がそう叫ぶと同時に、頭上に枝を伸ばした木々から、何者かが一斉に飛び立った。 その数4匹、否、匹、という数詞で数えてよいものか、虫とも人ともつかない姿のそれは、像のもとへ降りてくる。 待ちきれないのか、あるいは、逃がしはしないという意志の表れか。 奇妙な姿のそのものたちは、探索者たちの前に悠然と降り立つ。 「いい加減、悠長にやりすぎではないのか。どれが贄でも、かまわんのだろう」 「我々ももう待ちきれない。早くあの方をおよびしよう。さぁ」 目らしき器官が、探索者を捉え、怪しく光った。 レイネスは、その生き物たちに向けて、蹴りを放つ。 しかし、勢い余って転んでしまった。 「お覚悟ー! あいたっ!!」 「この状況だ、作法には則らないぞ!」 ヴィンツは竹刀で殴りかかる。痛覚はあるのか。悲鳴らしき声が上がった。 桜井も東雲に蹴りかかるが、辛くも躱されてしまった。 「……おっつ、あぶねー。」 「…素早いな、あんた。鈴掛さんの友人なだけある」 片喰は探索者たちがミゴや東雲に蹴りかかったり殴りかかったりするのを見ていたが、 不意に「耳を塞いで」と言い、自分も耳を塞ぐ真似をする。 一同の見ている前で、片喰は東雲に歩み寄ると、両手で包み込むように、東雲の耳を塞いだ。 それから何事かを呟き始めたが、耳を塞いだ探索者たちには、明瞭に聞き取ることはできない。 ただ、集まっていた生き物たちが仰け反るように震え、縮こまり、苦悶するさまに、 何かとんでもない言葉を口にしている、ということだけは、何となく理解できた。 東雲は生き物たちの様子がおかしいことに気付き、片喰を引き剥がそうとするが、片喰も退かない。 やがて、東雲が力いっぱい片喰を突き飛ばす。 生き物たちはまだ、何かを畏れるように震えている。片喰も微かに青ざめていた。 東雲は怒りを込めて鉈を振るったが、手元が狂ったのか、それが片喰にあたることはなかった。 暴れ狂う生き物たちは、ばさばさと羽音を立てる。 「・・・ぁ・・・」 レイネスは、それを見て、一歩後ずさる。頭を抱え、耳を押さえて震えていた。 「やだ・・・もう、もう見たくない・・・!!」 「っと、なんだ今のは…ま、これで漸く東雲サンと話ができるかね…  どうした?東雲サンと話すのが怖いか?」 「ちょ、っと!さっきまで大丈夫そうだったじゃないか!」 「うぅ、ちがうっ、」 「……大丈夫だ、あれらはしばらく、何もしてこない」 「・・・嘘だ、うそだ・・・だって、まだ、目の前に・・・!!」 「シノノメせんせー・・・シノノメせんせーがあいつらを連れてきたんでしょ・・・?  早く、はやくどっかに追い払ってよ!!」 「……俺が?」東雲は、笑っている。 「俺が連れてくるもんか。彼らは初めからここに居た。俺が居ることを赦されたに過ぎないんだぜ?  まーでも、どっちでもおんなじことだよな。彼らは今ここに居る、そして」 東雲は鉈をしっかり握り直した。 「俺はその役に、立たなくちゃなァ!」 勢いよく鉈を振り回すも、手が滑ったのか。 鉈は春日井を掠めさえしなかった。 「ッち……」 「ざまぁないな!」さすがに中指は立てない  「陣といい、お前ら……俺の邪魔しに来たのかよ。」 「邪魔か。ちょっと違うな。少なくとも俺はお前と話をしたくてここに来たのだが」 「話……?」 「邪魔しに来たんじゃない、あるべきものはあるべきところへ帰るべきだと思っただけだ。  AVかえせ!!!!!!!!!!!!!!!!」 「AV? ああ…(そういや借りてたなって顔」 唐突な春日井の発言に、面食らう桜井、レイネス、ヴィンツ。 「って……ソマレさん、そこなの?そこでいいの?」 「忘れたとは言わせないぞあれはもう今じゃ映像規制に引っかかるから二度と販売されない超レアもののうんぬんかんぬん」 「まあ、連れ戻しに来たってとこっすよ先輩。  ちゃんと職場復帰してもらわないと、みんな人足りなくて困ってるんだから」 「仕事なんか、ちゃーんと辞めるっつったじゃねぇか」 「だったらせめて引き継ぎくらいしなきゃっすよ先輩」 「そ、そうだ!僕の腕を完全に治さずにやめるなんてゆるさないぞ!!」 「ヴィンツ、お前そんなつまんねぇ理由で俺の……いや、彼らの邪魔しにきたってんなら、許さねえぞ。  お前もだ、レイネス」と鉈で指しつつ。 レイネスは、鉈で指され、東雲をギッと睨み返す。耳を塞ぎながら。 「いやー俺も言われて来たもんで。  でも俺自身としても、いきなり消えて『彼ら』とやらと乳繰り合ってるとか流石にあれだ、おこってやつっすよ」 「…それなら、どんな理由ならつまらなくなる?例えば幼馴染が探していただとか」 「だから、何だっていうんだよ。  幼馴染が探してた? 元職場の人間が困ってる? AV借りっぱなし? 知るかよ、そんなこと。  だって、彼らは……そんなものよりずっと、すごくて、すごくて凄いんだ。  誰も判ろうとしない。誰も、彼らを理解しない……そんな人間に、これっぽっちの興味もあるか?  ない。全くない。もう全然ダメ。出直してこいよって言いたいとこだけどさ  ちょっと生贄になってくんねぇかな、昔なじみのよしみでさ!」 「はあ…困ったねえ。鈴掛さんがさっきからずっと泣いてるよ」やれやれと呆れた様子の桜井。 「(それもそれでこわいんだけどなぁ)」 「どうしようなあ、あの人はこんなに必死になって呼んでるのに、肝心のあんたは違う人にご執心だよ。  なあ鈴掛さん、どうすれば止められるかな。どうすれば聞いてくれるかね…」 桜井は、ぶつぶつ呟きながら東雲に近づこうとする。 「な、なんだよ、」 「生贄とか言ってるのを止めればいいのかなあ…  それとも根本的に黙らせればいいのかなあ…どっちがいいと思う、鈴掛さん」 東雲は僅かに後ずさる。 「・・・・・・もう、何言っても、あの頃のせんせーは帰ってこないんだね」 レイネスはふらっと立ち上がる。 「そんな・・・そんな危ない物で!!僕を、皆を怖がらせて!!皆を殺そうとして!!そんなのシノノメせんせーじゃない!!」 「あんたが『彼ら』のことを分かってほしいってなら、そんなもん捨てちまった方がいいと思うけどな…」 各々、東雲に飛びかかる。 春日井の手が鉈を叩き落とす。鉈は地面をからからと転がった。 「っくそッ……!!!」 片喰はその隙に、柊夜を抱き起した。ぐったりと項垂れてはいるが、無事のようだ。 「この野郎ッ……!」 東雲はいきおい春日井に蹴りかかる。春日井は地面に倒れ、眼鏡が割れた。 「ソマレさん!?」 「あとはよろしく・・・・・・d(^_-)~☆」 「そまちゃん!・・・せんせー、危ない物がなくなってもまだ傷つけようとするなら・・・!  僕、もう容赦しないんだからぁっ!!」 レイネスの回し蹴りが決まり、東雲はその場に崩れ落ちる。 どうやら軽い脳震盪を起こしたらしい。 「ふんっ!この僕を怖がらせた罰だ!  ・・・・・・せんせー、ごめん」 「…とりあえず引き上げよう。ソマレさん 大丈夫か?」 「ハッ・・・なんか・・・一糸まとわぬ姿のおんなのこたちに天に連れて行かれるかとおもった・・・」 ヴィンツが春日井に肩を貸し、桜井が東雲を担ぎ上げる。 桜井に抱えられた東雲は、意識は朦朧としているようだが、「……それでも……」と呟いた。それ以降は何の反応もない。 「・・・・・・さー、はやく行こう!」 聞かなかったことにしよう 「元気そうだな…よし、帰るぞ!」 「…あんたが誰にご執心なのかは知らないけど」 桜井は、無表情に東雲を抱えたまま、「あとは任せて、鈴掛さん」とだけ呟いた。 第12回へ続く