○集合〜かがち谺へ 鈴掛と駅で合流、詰草書房へ。 玄関の外で待機中の柊夜と、その横でぼけっとしている片喰。 片喰は探索者たちの装備を見て、「厳重だなぁ」と笑う。 「あら、虫刺されのかゆみの中で店主なんてやりたくないですもの。  …さて、行きましょうか?」 「そういうものかい?まぁいいさ、じゃあ行こうか。」 片喰は街でも出かけるような気軽さだ。 「(釣り場になるような場所だと聞いてたのだけどなあ・・・)」 苦笑いしつつ、桜井は鈴掛の様子を見る。 鈴掛は相変わらず、鋭い目で片喰たちを見ている。 「まーこの前はしゅうちゃんにおやつ渡しそびれたしな。ほれしゅうちゃん」 「逆に軽装備過ぎて驚きピーチの木だよぉ。・・・あ、僕のこと覚えてるー?」 「テメェが呑気すぎんだよクソボケ…。ん?なんだこれ。うめぇのか。」 「うまいぞー酒用って向きもあるけど。甘いのダメならこういうののほうがいいだろ」 ヴィンツからビーフジャーキーを差し出され、食べる柊夜。 「………。」 「……(`0ω0´)!!」 どうやら気に入ったらしい。 「気に入ってもらえたようで何よりだ。道中にまた食おうぜ」 「お前ムグムグすこしはモグモグいいやつじゃねぇかモギュモギュモギュ」 「おーそりゃーどーも」ヴィンツ、イタリアンスマイル。「さて、行くか?」 かがち谺までは鈍行とバスを乗り継いでいく。 鈴掛は窓の外を少し曇った表情で眺め、時折片喰らに湿った視線を送る。 片喰はいつも通りのらりくらりと過ごし、 柊夜は鈴掛を警戒し、睨みつけている。 ヴィンツは全員におやつとジャーキーを配り、菓子パーティの流れを作ろうとする。 桜井は鈴掛に声をかけた。 「鈴掛さん、…鈴掛さん?大丈夫?」 「ッ……あ、すみません…」 鈴掛はぎこちなく笑顔を作る。怒っているというよりは、精神的につらいようだ。 その横で嬉しそうに、片喰は菓子を頬張っていた。 「そんなに気を張り詰めないで。眉間に皺がよったまま取れなくなりますよ?  …大丈夫、きっと見つかるから」 「……ええ、僕はそう願ってやみません。」 「…ところで、少し嫌な話をするのですが。  陣さん、昔からあんな感じではなかったのですよね?」 「……ええ。抜けたところもある奴でしたけど、ああも浮き世離れした奴では…なかったですね。」 「そういえばこれから行くかがち谺ってどんな所なんでしょ、皆さん知ってます?  俺たちちょっと調べたぐらいしか知らなくて」 「良いところだというのは知ってるんだがね。はてさてどんなところなのか、楽しみだ。」 ヴィンツの質問に、片喰は楽しげに答える。 「しゅーちゃんは知らないのか?」 「……知るかボケ。」 柊夜は、露骨に眉間に皺を寄せた。 「そうか、どんなとこなんだろうなー」 そのはぐらかし方に、ヴィンツは感じ取る。 柊夜はおそらく、かがち谺のことを何かしら、知っている。 「かがち谺には、鈴掛さんや陣さんたちも行ったことは…ありましたっけ?」 「ああ、言ってませんでしたか。」 桜井の問いかけに、鈴掛のぎこちない笑みが苦い笑いに変わる。 「かがち谺は、地元なんです。僕と、東雲と…陣の。」 「…地元。…そういえば東雲さんのご実家もこの辺りですよね。  …となると、やはりなんというか…記憶がすっぽりと抜け落ちているかのようなというか…」 「……そういうことなのでしょうかね。僕はただただどうしてって気持ちが強くて…  …冷静に彼を見ていられないのですが。」 「…そうですよね…。やはり…違和感と言うか、不快感の方が大きいのでしょうか…。あの子も妙なところがありますし」 桜井は、柊夜をちらりと見遣る。 「……彼、ですか。そうですね……どこから来て陣の傍にいるのかわかりませんし…警戒はしますね。」 鈴掛も、柊夜の事は警戒しているようだ。不審げに見た。 「昔は彼の姿もなかったのですよね?…ふむ。  彼らのことが少しでもわかりましたら、あなたにもご連絡をさしあげましょうか?何故彼がああなったのか」 「……お願いしてもいいでしょうか。本当に、助かります。」 鈴掛は重い溜息をつく。 「もちろん。私も個人的に気になるところですから。  …あんなにも綺麗に、忘れてしまうなんて…。」 「……その程度の事、だったんでしょう。」 「…。そういえば最後に変なことをお聞きするのですが、  片喰さんは昔からあのような髪色だったのですか?」 「いえ…元々は黒かったはずです。それがいつのまにか白くなってて…。」 そこで鈴掛は首を傾げた。 「あれ…?あいつの髪が白くなったの、いつだっけ…?」 「…え?…鈴掛さん、最後に彼に会ったのはいつ頃でしたか?」 「最後は……最後に僕達と友人ではないと言われた事は確かなんですけど、時期は……ええっと?  ……あれ?すみません、ド忘れしてしまったみたいです。余程ショックだったんですかね。全く、我ながら情けない。」 愛想笑いをする鈴掛。彼の手を軽く握り、桜井はにこりと笑んだ。 「…いいえ。辛いことを思い出させてしまいましたね。…ありがとうございます」 ビーフジャーキーを手渡された柊夜は、ヴィンツに向かって吠えたてる。 「なッ、なんだよ!餌で釣ろうってのかよ!もらったからって思い通りになったりしねぇぞ!」 「食わないのか?」 じゃあ、とビーフジャーキーを仕舞うヴィンツ。 柊夜はしゅんと眉を下げるが、懸念が当たっていた事を理解する。 「あっ………、けっ、釣るための餌ならいるかってんだ!」 「あーもー拗ねんなってあげるから!」 ビーフジャーキーを与え、ヴィンツは小声で柊夜に言う。 「…無理に話さなくてもいいからな?」 「………。」 柊夜は、ヴィンツをじっと見つめた。 「……ほんとか?」 「ほんとだって。ほら」 「……俺、お前のこと別に嫌じゃねーし、いいやつ、って思う時もあんだけど…。」 そのままジャーキーを受けとるが、柊夜の手つきは少し怖がっているように見える。 「お前からは時々、片喰みたいな、かんじがする。だからなんかときどき、ほんとか?ってなる。」 「……なんだ、俺そんなにイケメンか?」 ヴィンツは、肩をすくめて笑う。 「んな、そういう意味じゃねーよばか!  そうじゃなくてなんっつーかこー…くっそもういいし!金髪クソボケ!」 「……」 ヴィンツは一瞬口籠ったが、「あー陣さんがイケメンってのは否定しないんだな」と茶化す。 「さって、俺は着くまで寝るかな」 「はろはろー♪ねえねえ、この声聞いて僕が誰だかわかる??」 今は変装を解いているレイネスは、片喰に悪戯を仕掛ける。 「ん?ああ、そうか君が二人目の…ふむ、面白いな。レオンなのかレイネスなのか…」 片喰は楽しそうに応じる。レイネスのミステリアスさは好みのようだ。 「へっへん、もしかしたら三人目がやってくるかもよん(`・ω・´)」 「それは面白いな。やがて四人目五人目となって七人の君に出会えるんだろうか。」 「そいえばさ、君のおめめ見てるとすごい不思議な気分になるんだけど、  シュウチャンとかシュウチャン以外の人にそう言われたことないん?・・・覚えてないかもだけど(ボソリ」 「この目か?はて、どうだったかな。言われたような気もするし、言われてないような気もするね。」 「(またはぐらかされたあ。ふっしぎだなあこの人)」 「パンツ何色?」 春日井の不意を打った質問にも、片喰は怯まない。 「君と同じ色じゃないかな?」 硬直する春日井に、くっくっと笑う片喰。 「いやぁ君は面白いな。悪かったね、どうも俺は悪ふざけがすぎるんだ。」 春日井は硬直した笑顔のまま、スマホゲームで幼女を育て始めた。 じきにバスは、かがち谺で停車した。 「かがち谺だそうだよ^-^」 「んーよーくーねーたー」 「着いたか。」 バスを降りる片喰。柊夜もそれに着いて行く。 鈴掛も表情は明るくないながら、桜井に「着いたようですね」等数言かわしながら降りて行く。 ○かがち谺・入口 バス停の前すぐから、鬱蒼とした森が広がっている。 日の光が、遠い山麓に赤く反射している。交通機関を乗り継ぎ、 ようやくたどり着いた森の入り口は、日中とはいえ薄暗い。 蜩の鳴き声が蕭蕭(しょうしょう)と響き、ぽつ、ぽつ、と、赤い彼岸花が咲いている。 草の香に紛れ、物寂しい光景に似つかわしくない、甘い金木犀の匂いを嗅いだ。 風が木々を揺らすと、それは一層、強く香った。 ヴィンツと春日井は、金木犀の薫りに違和感を覚える。 花の時期には、やや早い気がしたのだ。 「…秋、にはまだ暑いよな?」 「ぬ?そうだけど、何か変?」 桜井は、その香りを楽しんでいるようだ。 「…確かに、随分良い香りだ」 「キンモクセイって秋の花だろ」 「…まあ、早く咲く花も少しはあるのでは?」 「・・・・・・早めに咲いてるんじゃない?」 レイネスも、心にひっかかるものがあったようだ。 しかし、辺りには、香りの元となりそうな金木犀の樹は見当たらない。 「……マードレ、そんなに匂いするか?」 「え、しない?」 「……どの辺からする?」 「えー?  …そこらじゅう?なんて」 「……駄目だこれ」 「うーん、鈴掛さんわかります?」 「良い香りはしますが……うーん、出どころはどこでしょうね。  森の方から香るのはわかりますが…。」 ふと気が付くと、藪の向こうから、何物かがこちらを見ている。 いや、見ている、というよりは眺めている、と言うべきかもしれない。 生気のない目や、だらしなく開いた唇や、薄汚れた服からだらりと伸びた腕。 彼は――否、彼らは、ただ黙って、こちらを眺めている。 探索者たちが戸惑っているそばで、柊夜は森にずかずかと踏み入る。 そして拳を握ると、柊夜は彼らを思い切りぶん殴った。 「……何じろじろ見てんだ。とっとと親玉のところへ連れて行け。」 一人は男性で女性のようだが、柊夜に殴られたことに気付いているのかいないのか、ただ虚ろなな目で柊夜を見ている。 「しゅうちゃん、いきなり殴るのはやめろ!痛いんだから!  ……誰だ、こいつら?」 「……誰でもねぇ。こいつらの心配なんかするだけ無駄だろ。  ……吐かないなら用ねぇ。行くぞ。」 「待てって!」 柊夜はずかずかと森の奥へ進もうとする。 謎の2人は、その前に立ち、まるで森の奥へ案内しようとしているようだ。 ヴィンツはすかさず、柊夜の後を追った。 「おい君、一般人に何やって…!!」 鈴掛は憤るが、それ以上声はかけず、奥歯を噛んで怒りで睨みつける。 「…鈴掛さん、行ってみましょう」 「ッ……ええ、そうですね。」 彼に声をかけて後を追う桜井。続く鈴掛。 片喰は表情は変わらない。いつもの穏やかな笑みのまま、穏やかに、その列についていく。 ○森の中へ 桜井は2人組を注視した。 風呂にも入っていなさそうだ。服はぼろぼろで、何日も着替えていないように見える。 さらに、彼らの額に、かすかに傷跡があることに気付いたが、それが何を意味するのか、桜井にはわからない。 ただ、2人とも同じような位置に傷があることから、偶然ではないと確信する。 森の中は、なにか厭な雰囲気が漂っている。 レイネスと春日井は、それを振り払うように、楽しかった思い出を思い出そうと務める。 しかし、一向に思い出すことができない。 ヴィンツと桜井は、先陣を切る柊夜の名を思い出せない。 謎の2人組に気を取られていたヴィンツは、木の根に足をひっかけ、転んでしまったが、 「いってぇ…」 呼びかけようとしても、柊夜の名が、どうしても思い出せない。 「おい、待ってくれ、えっと、……」片手を伸ばし、呆然とする。 「えっと、ぽめ、じゃない、しゅうや」 「何だぽめって。なんだよ。」 柊夜は振り返るが、怒っている様子はない。 鈴掛は「なんだじゃないだろ!?君、通りがかりの人にあんな事して…!」と憤るが、 「あんなことって?」と柊夜に返されると「あんなことってそりゃあ……え、あれ?」と戸惑う。 「? なんだよ、あいつら殴ったからなんだってんだ?」 鈴掛に首をかしげる柊夜。 「ああ、悪い…  ……しゅうちゃん、ちょっと俺の名前呼んでみてくれる?」 「? ヴィンツだろ?」 「…そもそも、何故こんな奥まで入ってきてしまったんだっけ」 桜井が、ぼそりと呟く。 「ああ、そうだ。……悪かったな、変なこと聞いて」 ふと気づけば、前を歩いていた2人組は、1人になっていた。 春日井は、この森に入ったときから何か変だ、ということに気付く。 しかし、気付いたところで、何をどうすることもできない。 桜井は、2人組について気付いたことを、皆に伝えた。 柊夜は、森の奥を睨んだまま、話し合いに加わろうとはしない。 鈴掛は、自分の中の違和感を確かめるように、うつむいている。 一方片喰は、森を見渡して、気持ちよさそうに目を細めていた。 「…額に傷?」 ヴィンツは咄嗟に自分の額をさする。しかし、何もない。 春日井は、桜井に声をかけた。 「・・・桜井さん?」 「ん?」 「いや、えーっと……大丈夫かい、疲れてる?  それとも・・・誰かみたいにド忘れ?」 「んー、この森に入ってから変な感じになった・・・んかな?」 「この森に来るのに一番気合入ってた君にしてはなんというか、…冗談が過ぎるような気がして」 「……あれ?…うーん…よくわからないかな。疲れてるわけではないんだけど…うーん。  でも、ここに来てからなんとなくおかしな感じはするかもね…。うーん、気を張りすぎてるのかな。」 「……そうだね、僕もだ。どうも何だか……おかしな感じがする。  気をつけて、気はしっかりもつんだよ。大切な思い出がなくなるとけっこうつらい」 「ああうん、そうだね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?どうしたの、そんな落ち込んで」 落胆する春日井。レイネスは彼をじっと見る。 「君も何かすっぽ抜けたん?」 「とても大切なものが僕の心からすっぽりと抜け落ちてしまったようでね・・・」 「そっかあ。僕もそんな感じ。お互い思い出せるといいねえ〜」 さらに森の奥へ進めば、違和感はますます増大していく。 何かがおかしいと思うほど、空虚な気分に満たされる。 心の中の、楽しいことや、うれしいことや、そういった感情を奪われているような……。 楽しかったことを思い出そうとすればするほど、つらい思い出ばかりが心に滲んでくる。 さすがのレイネスの顔からも、笑みが消えた。 それぞれがそれぞれに表情を重くした頃。 「僕は……」 鈴掛が何か呟く。 見れば瞳孔が開ききっており、いつもの穏やかな笑顔はそこにはない。 「僕は、何故、ここにいる?」 「…鈴掛さん?」 「ちょ、スズカケさん?」 桜井、ヴィンツが声に振り向き、言葉をかけるが、答えはない。 鈴掛は見る間に青ざめていき、がちがちと歯の根をならし、手が、震えていく。 「ここは、どこだ、そうだ、あの、なぜ、なぜ僕はここに、ああそうだ、はやく、はやくにげなくちゃ、  でないと、でないとでないとでないと、あの、」 「―――ッッ、」 鈴掛はぐしゃりと顔を歪め、息を呑む。 「ああああああああああああああああああッッ!!!!!」 訳のわからない叫びを上げながら、鈴掛は、森の奥へと駆け出した。 「え、ちょっ、鈴掛さん?!」 桜井と柊夜が驚き後を追う。 片喰は首を傾げ、その後に続くが、鈴掛を追うのではなく、柊夜を追ったようだ。 ヴィンツ、レイネスが続き、あっけにとられていた春日井も、慌てて後を追う。 どれくらい走っただろう。 やがて探索者たちは、立ち止まっている柊夜に追いつく。 柊夜は足元を見降ろして、深刻な表情だ。 「しゅうちゃん? スズカケさんは…?」 彼の視線の先には、無残な姿で転がる、鈴掛が見える。 「鈴掛さん・・・?!」 鋭い刃物のような凶器で、こめかみを繋ぐように、真一文字に切り開かれた、鈴掛が。 「…馬鹿、どけ!」 医師として成すべきことをするために、ヴィンツは柊夜の前に出る。 しかし、ヴィンツは直ぐに、彼の手技が必要ないという事に気付かされた。 鈴掛の、大きく切り開かれている頭蓋の中に、本来あるべきものが失われていたからだ。 彼の脳は、忽然と消えていた。 その行為は、『人間業ではない』ということが、ヴィンツには如実に察せられる。 「……なんだよ、これ…!」 「そんな…何故…?!」呆然としながらも、必死に気を持たせる桜井。 「・・・え、何、タレ目さん・・・死んじゃったの?」青ざめるレイネス。 一歩遅れ、片喰が追いついてくる。 彼は鈴掛の死体を見下ろすと、無感動に呟いた。表情にも、あまり変化がない。 「……これは可哀想に。  どこの誰かは知らないが、こんなところに一人残されてしまったとは。」 「残され・・・?って待って、あなた、この人が誰かわからないの?」 「……は?」 「…さっきまで一緒にいたよな……?」 あまりの発言に、探索者たちは蒼白になるが、 それでも、片喰は気にも留めない。 「君達の知人かい?」 「…は、…どういう、こと?」 「・・・覚えて、ないの?」 片喰は、レイネスの言葉を聞き、その不思議な瞳を少し丸くする。 「……。」 じっとレイネスを見つめ、片喰は、いつも通りに呟いた。 「……さぁ。どうだった、かな。」 第6回へ続く